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スラウェシ島のお葬式
日本人に獄中インタビュー
2004年5月号(通巻54号)/680円
 2004年5月号から:

【特集】
生きるよりも死ぬほうがお金がかかる!?
スラウェシ島のお葬式


文・写真 中山茂大

 
 
 高齢化社会を迎えた日本では、葬儀屋が儲かっているらしい。もともと世の景気に左右されにくいビジネスだったのに加え、毎日のように老人が昇天するご時世なわけだから、まさに濡れ手に粟。うらやましい限りである。今では葬儀のスタイルも多様化してきて、中にはレーザー光線やスモークを用いて、幻想的な〃演出〃をするものまであるというから驚く。

 しかし、世界は広い。上には上がいるものである。インドネシアのほぼ中央に位置するスラウェシ島には、太古より〃葬式は一世一代の大イベント〃としている人々がいる。赤道直下の高原地帯に暮らす民族、トラジャ人である。トラジャ人の葬儀に捧げる情熱たるや半端じゃなく、まさに死ぬために生まれてきたような人たちである。そんな彼らの、奇妙でユニークな「お葬式」をリポートする。


 
 スラウェシ島という島は、実は昔から気になっていたのである。あの変な島の形、気になる。なんとなく「K」っぽいし。なんであんな変な形になったんだ。どうやら数億年前だかに、いくつかの島がくっついてああいう形になったらしいが。

 実際にスラウェシ島に行こうと思ったのは、北の先っぽの町マナドの沖にあるブナケン島という、ダイバーの間ではわりと有名な島のウワサを聞いたからだ。このブナケン島がなぜ有名なのかというと、世界最大といわれるドロップオフ「パンタイリアン」があるからだ。なんでも浅瀬からいきなり垂直に100メートル落っこちているんだとか。つまり描くとこうなる(図参照)。

 すげえぞブナケン。横から見たいぞ。無理だけど。だから途中で立ち寄ったタナトラジャというスラウェシ随一の観光地はほとんどノーチェックだった。

 ブナケン島自体は確かにすごかったし、シュノーケリングなのにカメとかサメとかナポレオンフィッシュとか見れて大満足だったんだが、そういう話よりも、ここはもう少し深くスラウェシの文化に触れることができたタナトラジャのことについて書きたいと思う。

◆死ぬために生まれてきた人たち
 タナトラジャはスラウェシ島のほぼ中央部一帯のことで、中心はランテパオという町である。「タナ」はインドネシア語で「土地」、「トラジャ」はブギス語で「山の人」という意味だそうだ。標高は1000メートルほどあって、なんとなく軽井沢っぽい避暑地の雰囲気がある。コーヒー栽培が盛んで、日本の大手メーカーのコーヒー農園がある。地元の人に日本というと真っ先に「Kコーヒー」という話になる。

 しかしこのタナトラジャを有名にしているもっとも大きな理由は、その奇妙な葬式の風習による。葬儀こそが、故人の生涯をかけた一世一代の大事業なのである。葬儀当日には近隣の住民をはじめ、ありとあらゆる親類縁者がかき集められる。その数およそ数百人。参加者は多ければ多いほど箔がつく。だから外国人ツーリストもウェルカムだ。ブタも水牛もあるだけ全部つぶしてしまえ。もってけドロボウ。

 葬儀は農閑期の7月から10月に集中して行われ、一週間も続くことがある。田舎の結婚式が果てしなく続くのと似ている。お金がないと葬儀は行われない。とはいっても中止ではない。延期である。盛大な葬儀が行える資金が貯まるまで、遺体はホルマリンを注入して保存しておくんだそうだ。そこまでするかよと普通の人は思う。だからこそトラジャの葬式は有名なのである。

 「オレの葬儀をないがしろにするな。オレはこのために生まれてきたのだ」

 故人の叫び声が聞こえてきそうである。

 葬儀が終わっても故人の扱いは丁重である。棺は崖や岩に穿たれた穴に安置される。そしてその付近にタウタウと呼ばれる、故人そっくりに作られた人形を並べるのである。まったく関係のないツーリストである我々にとって、それはかなり不気味な光景である。ランテパオの郊外を歩いていた時、道ばたに不自然な小屋が建っており、中を覗いてみると、かなり精巧に作られた故人の等身大タウタウがイスに鎮座していて、思わず後ずさったことがある。こんなのに夜中に出くわしたら絶叫して逃げ出すに違いない。このタウタウ、おみやげとして販売されているが、買う人は滅多にいない……と思う。故人はこのようにたいそうお金をかけて葬られるわけだ。

 まさに死ぬために生まれてきた人たち。それがトラジャ人なのである。

 さて、試しに葬儀に参加してみよう。故人は一年前に亡くなったおじいちゃんと、その半年後に亡くなったおばあちゃんである。

 葬儀会場はランテパオから北へ車で一時間の山間の農村で、いかにも豪農という感じの大きな屋敷である。見物用の竹で組んだ東屋がずらりと軒を連ね、黒い喪服姿の地元民数百人がすでにつめかけていた。葬式のためにこんなものまで作ってしまうのかよ。のっけから圧倒的である。

 中央に大きなトンコナンが3つ並んでいて、そのまわりにはやはり竹組の東屋が並び、ここにも数え切れないくらいの見物人がお茶を飲んだりして談笑している。真っ黒の喪服の人が目立つということを別にすれば「なんかの縁日ですか?」という雰囲気だが実は葬式である。黒い喪服というのはキリスト教徒が多いこの地域らしい。

 トンコナンというのは独特の船の形をしたタナトラジャの伝統家屋で、トラジャ人がその昔、海洋民族であったことを物語っているという。孟宗竹を半分に割ったのを互い違いに何十層にも重ねた屋根は重厚で、壁にはナウシカの巨神兵のような黒々とした水牛の絵が描いてある。水牛は富と権力の象徴とされる。彩色は「赤黒白黄」を基調にしており、「赤」は「血」、「黒」は「死」、「白」は「骨」、「黄」は「太陽」をそれぞれ表しているという。「白」を「骨」と解釈するあたりが、その昔「首狩り」の習慣があったというこの地方の風習を象徴しているようだ。

◆水牛の絶叫
 白人見物客がすでに何人かいて、僕たちもそれに加わった。外国人は一か所にまとめて座らせられ、座ると同時に皿に盛られたクッキーが回ってきた。あまりおいしくなく、手を出す観光客は少ない。

 まずいクッキーをかじりながらあたりを見回す。日本なら白黒のところだがトラジャでは赤黒の幔幕が張られて派手である。よく見ると野良仕事の帰りに寄ったという風情のおやじがけっこういる。葬式がごく日常的であることを物語っている。

 と突然、ものすごい動物の絶叫が響き渡った。

 驚いて顔を上げると会場の中央で、喉をかき切られた水牛が、まるで噴水のような血をまき散らしながらロデオのごとく暴れているではないか。

 水牛は後足を跳ね上げてしばらく暴れていたが、失血と同時にだんだん力が抜けたようになって、そのうちばたりと横倒しになってしまった。首の傷口からは滝のような鮮血が流れ続け、水牛はぱくぱくと口を開きながら次第に目が焦点を失ってとろりとしてくる。ビクリビクリと身体が痙攣する。血は相変わらずジャーと音をたてて流れ続ける。よくもまあこんなにたくさんの液体が体の中に入っていたよなという量である。水牛が動かなくなると、遠巻きに眺めていた男たちがひとりふたりと近づいて水牛の皮をはぎ始めた。

 おい。まだ生きてるじゃないか。

 でもそんなことは気にしない。胸からナタをいれて腹を割き、3人がかりで解体していく。黒い毛皮がはがされ、真っ赤な肉が日に輝いててらてらと光った。あれ、もう足がもげた。とおもったら皮をはがれた首がころりと転がり、あっという間に原形をとどめないただの肉と骨だけになってしまった。会場は水牛の血と糞尿の臭いとそれに寄ってくる数え切れないほどのハエでかなりすごいことになっている。

 おお。これはまさにさっきの赤黒白黄そのままではないか。つまり赤=血、黒=水牛の毛皮、白=骨、黄=水牛のうんこ。案外こっちのほうが説得力がある気がするぞ。

 トラジャでは葬式でつぶした水牛の数がそこの家の家格を表しているそうだ。トンコナンの柱には水牛の角がいくつも吊してあるが、それは要するに葬式で生け贄に捧げた水牛の数であり、それが富の象徴になっているというわけだ。僕たちが訪ねた少し前には何十年に一回というすさまじく盛大な葬式があり、総額500万円、100頭の水牛をつぶしたそうだ。トラジャには「生きるよりも死ぬほうがお金がかかる」という言葉があるそうだが、それにしてもすさまじい見栄の世界である。でも葬式で見栄を張るというのは、ブランド品や外車で見栄を張るよりもいやらしくなくていい。つまりお金の使い方として物欲的でないところが好感が持てるのだ。海外旅行に大金を使っている我々と同じ感覚なのである。

◆偉大なるナショナルソング
 喪主らしいおじさんが我々のところに挨拶に来て、丁寧にお礼を言って戻っていった。まったく関係ないのに葬儀の末席に加えてもらって、なんとなく心苦しい。香典はタバコ1カートンだし。しかしガイド氏はつらーっとした顔をしている。仕事だもんな。当たり前か。

 それはそうとすごい臭いである。会場の中央では水牛をひたすら解体する男3人が糞尿にまみれて肉をさばいていて、血と糞尿の臭いが混ざり合ってかなり壮絶である。切り取った肉も洗って保存するわけでもなく、うんこまみれでそのへんに転がっている。昼飯が出るという話だが、あるいはあの肉が煮るなり焼くなりされて出てくるんだろうか。火が通れば問題ないとはいっても、この状況で食べられるだろうか。

 割れたスピーカーががなり始めた。どうやら参加者の名前がひとりずつ読み上げられているようで、そのたびに肉の切れ端がぽーんと投げられる。それを呼ばれた人とおぼしきおじさんがひょいと拾って戻っていく。参加者に肉のお裾分けということらしい。その儀式が延々と続く。ここに参列している人たち全員の名前を呼び上げるのだとしたら、こりゃあものすごい時間だ。仮に500人の名前が呼び上げられるとして、ひとりあたり10秒くらいだから、えーと……。

 「えー、ナカヤマ シゲオ」

 え?

 突然、僕の名前が呼ばれた。会場には笑い声がおこり、参加者の視線が僕に集まった。そして僕のために投げあげられた肉がべしゃっと地面に落ちた。それをガイド氏が駆け寄って拾い上げる。本来はもちろん僕の取り分であるのだが、慣例としてガイド氏がもらい受けることになっているようだ。確かにもらっても困るが。

 その後、次々と外国人参列者の名前が呼ばれ、そのたびに一握り大の肉の塊が投げあげられた。大きな葬儀なら千人二千人と集まるだろうから、一週間という時間もわかる気がする。一週間、肉の塊がこうやって飛び交うのである。なんとも気の長いことだ。

 葬儀の主役はお孫さんと思われる女の子ふたりで、民族衣装で着飾り、そのあとを喪服姿の親族数十人がぞろぞろと続いて登場。たまにペチ(ムスリムの帽子)を被ったおじさんがいる。全員が会場に落ち着くと牧師さんの説教が始まった。プロテスタントなのである。会場は静まりかえる。この時ばかりは葬式らしい厳粛な雰囲気だ。

 続いて賛美歌が始まった。……いや、よく聞くと賛美歌じゃないぞ。これは……第九じゃないか。日本では年末に歌うものだが、トラジャでは葬式に歌うんだなあ。感心しているそばで、ガイド氏が耳元でささやいた。僕は耳を疑った。

 「これはトラジャのナショナルソングなのだ」

 ……は? 何を言っているのだこの男は。

 「本当だ。これはトラジャのナショナルソングなのだ」

 わけのわからないことを言うな。知らないのかこの曲を。

 「だから知ってるって。トラジャのナショナルソングだ」

 「違うって。これはベートーベンっていう人が9番目に作った(のか?)曲だ」

 「いや、トラジャのオリジナルなのだ」

 「……」

 お前は間違ってる。絶対に間違ってる。

 昔、アルゼンチンでもこんなようなことがあった。スペイン語版「酒と泪と男と女」を偶然聞きつけたのである。「飲んで〜 飲んで〜」が「ポルケ(なぜ)〜 ポルケ(なぜ)〜」になっていて、なんだこれはと思った。思うよな日本人なら。

 で、その場にいたアルゼンチン人に言ったものである。

 「こりゃあもともと日本の曲だぜ」

 するとやつらの返事はこうである。

 「いいや。これはアルゼンチンのオリジナルだ。間違いない」

 「違うって。これはお前、セニョール・カワシマっていう……」

 「そんなやつは知らん」

 「……」

 どうしても説得することができなかったのである。これは要するに「ランバダは日本の曲だ」と言い張るようなもんじゃないのか? こういうのもグローバリゼーションの悪しき影響のひとつなんだろうな。

◆うんこ臭い肉
 賛美歌の後、会場では棒に吊されたブタが2匹担がれて登場。インドネシア語でブタのことを「バビ」というが、まさに鳴き声そのものだ。「ブーブー」よりも「バビバビ」のほうが擬音語としては正確な感じがする。バビは形式的にお供えされただけで、また担がれて去っていった。バビの退場の後、また孫ふたりを先頭に親族がぞろぞろ退場。そういうのを2、3回繰り返す。つまり故人に捧げる動物を持ってきた人に対して、いちいち入場退場を繰り返して敬意を払うのである。そしてついに昼食に入った。

 昼飯は案の定、ブタと水牛の茹でた肉が大皿に山盛りに出てきた。あの時のうんこまみれの肉である。間違いない。鼻を近づけるとほんのりとうんこの臭いがした。

 「……」

 仕方なくひとつまみ口に押し込む。味付けは塩だけだ。水牛の臭みがもわーっと広がり、うんこの臭いが口から鼻を通って出てきた。

 「おえ」

 だめだ。食えない。

 まわりの人の目を気にしながら地面に吐き捨てた。みなさんごめんなさい。僕は食べられませんでした。

 普通食肉は、屠殺してから5日から一週間くらい熟成して出荷するものだが、つぶしてそのまま出てくるから肉がかなり固い。しかも豚肉のほうは皮付きのいわゆる三枚肉をぶつ切りにしたもので脂身だらけ。さらによく目を凝らすとゼラチン質の皮膚に焼けこげた毛がまだたくさんくっついているではないか。うえー。

 そんなこんなで僕たちは食いあぐねていたのだが、欧米のツーリスト連中は平気でがつがつ食っている。さっきそのへんで暴れていたやつの肉だぞ。どうなっているのだあんたたちの味覚は。アングロサクソンの4人にひとりは「苦み」を感じない味音痴だそうだ。つまり四大味覚のうち「甘い」「塩辛い」「すっぱい」しか感知できないのだ。だからイギリスとアメリカの料理はまずい。焼けこげた肉でも平気である。そして甘くて塩辛くてすっぱい調味料といえば。

 そう。ケチャップ。

 ケチャップさえつければなんでもおいしい人たちなのだ。だから大丈夫なのかな。それにしてもこの状況でよく食えるなあ。

 僕の場合で言えば、その時以来、牛肉の臭みがふと臭った瞬間、水牛の絶叫とうんこの臭いがもわーっと漂ってきて、タナトラジャにフラッシュバックしてしまうのである。

 ところでこの間、北海道で酪農関係の仕事をしている親戚から、牛肉に関する衝撃的な話をふたつも聞いてしまった。ひとつはスーパーで売っているいわゆるサイコロステーキの製造法である。

 まず腐って商品価値のなくなった肉を集めてきて脱水機にかける。そうすると腐敗した赤身が飛んで繊維だけが残る。この繊維を牛の血にひたして膨張させ、小麦粉を加えて固める。最後にサイコロ状にプレスする。

 要するに肉のリサイクルである。うーむ。これはどうなのよ。

 確かに廃棄物を再度食べ物に昇華してはいるな。それに製造工程は別として、食べれておいしければいいじゃないかという読者もおられよう。その通りである。僕もそう思う。

 ではこっちの話はどうだ。

 テレビのラーメン特集なんかを見ていると「こだわりのスープ」とかいって、よくモザイクがかかった「なにか」が登場する。もちろん企業秘密で公表されることはないのだが、それを入れると格段にスープがうまくなるそうだ。ラーメン屋のおやじはしたり顔で言う。

 「いやあ、これだけは(取材は)勘弁してください」

 その「なにか」とはいったいなんだろうか?

 その親戚のおじさんはズバリと言ったのである。

 「ありゃあ肉骨粉だな。間違いない」

 肉骨粉。

 久しぶりに聞いたぞ。こんなところで活躍していたか肉骨粉。よく考えてみたら骨からダシをとるよりも、骨の粉末からとるほうが手っ取り早いもんな。しかし牛に食わせるだけでなくて人間にも食わせていたのか。大丈夫なのか狂牛病。大丈夫じゃないよな。あとは各自で予防するしかないってことか。

 分業化が進んでしまって生産と消費の現場があまりにかけ離れすぎている日本の、これはもう構造的な問題である。少なくともトラジャでは、肉骨粉も腐った肉のリサイクルもないんだろう。

◆クリエイティブな男
 トラジャの北のテンテナでオランダ人夫婦に声をかけられた。次の町まで一緒に車をチャーターしようという提案である。しかし公共バスも通ってるし、とりたてて悪路なわけでもない。なぜだ。

 「お前たちはトラジャからここまで何時間かかったのだ?」

 旦那のほうが僕を見下ろして尋ねた。オランダ人は例外なくでかい。男の平均身長は182.5センチだそうだ。貴乃花がそのくらいだから、相撲取りだらけってことかこの人たちは。牛に成長ホルモンを大量に投与しているせいで人間もでかくなるって話だが、確かに異常だよな。というようなことを考えながら昨日のことを思い起こす。昼前に出て夜着いたから、だいたい8時間くらいだったのでそう答えた。旦那はそこで深い溜息をついた。

 「我々の場合、乗ったバスがエンコしてしまったのだよ。かかった時間はおよそ……」

 「およそ?」

 「24時間」

 純粋に移動にかかる時間は8時間なわけである。だから残りの時間はエンコしていた時間ということか。

 24−8=16。

 ひゃー。

 「だからもう公共バスには乗りたくないのだ。女房が嫌がってね」

 旦那は自分の部屋のほうに目を遣りながら言う。

 「お願いだから一緒に行こう。な」

 旦那のすがりつくような視線に思わず「イエス」と言ってしまったのであった。

 インドネシアに限らず、途上国のバスかよく壊れることは周知のことであるが、要するに先進国で消耗した中古車が途上国の悪路でさらに酷使され、壊れたら修理され、また壊れたら部品を交換されを繰り返してきた結果である。壊れかかっている車が走っているというよりも、すでに壊れている車がだましだまし走らされていると言ったほうが妥当だろう。

 以前ラオスで乗った韓国製のバスには、明らかに「あとづけ」と思われる鉄パイプが数本、座席の位置を無視してはめ込んであり、なんだこれはと思って外から改めて見た時に、それがつまりは天井に荷物を積めるようにするために、つまりそれだけの重量に屋根が耐えられるように鉄パイプのつっかえ棒をはめ込んであるのだとわかった。たぶん70年代後半くらいに本国で活躍していたであろうこのバスが、老後は大量の米俵とラオス人を載せて今でも現役で走っている。その貫禄を感じた。座席の背もたれやドアには往年のハングルの広告や注意書きがそのまま貼り付けられているのである。ちなみにこのバスも途中でエンコして30分ほど動かなくなってしまった。

 ところで日本の電化製品は十数年前と比べて格段に壊れやすくなった。

 南米の日系人の家ではサンヨー製のたぶん80年製くらいのラジカセが元気に動いていたし、トラジャのホテルの従業員も、それくらいの 古い型のラジカセを大事に使っていた。現在のオーディオ器機が寿命が5、6年だというからまったく長持ちである。しかしそれは技術力が低下したということではもちろんなく、わざと壊れるようにして消費サイクルを短くしているのは明らかだ。

 先日、家のガス湯沸かし器が壊れて業者に問い合わせたら、湯沸かし器の寿命もおおむね5、6年くらいなんだそうだ。5年という期限が採算が取れる妥当な期限であるのかどうかはわからないが、いずれにしても劣化しやすい部品を使って「故意に」買い換えが進むように製造されているのは間違いない。

 ここで考えてみたいのが自動車である。

 日本車に限らず故障が多い車は当然売れない。つまり「5年の寿命」を設定して「故意に」買い換えを促すことができないのだ。ではどうやって買い換えを促すのだろうか。

 そう。車検である。

 車検の義務を2年、さらには毎年という、どう考えてもあまりに短いサイクルに設定することによって買い換えを促しているのだ。そして中古でも乗り手のいなくなった車が途上国で販売されることになる。

 もちろん買い換え自体は日本の屋台骨を支えるトヨタを維持するためには必要なことで、だから車検がなくなるわけがないのであって、さらに言うと僕は日本で車を持ってないからなんの痛痒も感じないわけだが、インドネシアでオランダ人夫婦の話を聞いた時には、なんだか複雑な気分になったのである。

 不当かつ過剰な法律で無理やり買い換えさせられる日本の事情と、その中古車を輸入して廃車寸前まで酷使するインドネシアの事情。でも車にとっては乗りつぶされるまで使ってもらえるほうが本望というものだろうな。とまあこんな風に悠長に考えられるのも、僕たちがそのポンコツバスに運よく当たらなかったからなんだが。

 オランダ人夫婦と別れたあと、やはり欧米の旅行者数人で車をチャーターした。運転手は若い男で、彼に限らないことであるがやたらにクラクションを鳴らして車を飛ばす。飛ばすからクラクションを鳴らすのだろうか。いやそうではなさそうだ。あれは間違いなく目立ちたいのである。それは途上国に行くとバスやトラックのドライバーが、つまり車のライセンスを持っていることが一種のステイタスであることと関わりがあるに違いない。要するに「オレは車の免許があるんだぜええええ」ということなのである。だからクラクションは彼らにとって必須のアイテムである。車は壊れてもクラクションが壊れることだけは許されない。この若い男も視界の片隅にチラリとでも人影が見えようものなら、

 「ビビビビービービー」

 けたたましくクラクションを鳴らす。

 しかしその時、僕は気がついたのである。

 彼が鳴らしているクラクションのボタンが壊れており、その代わりに、むき出しの配線を接触させて通電させているのを。彼がクラクションを鳴らすたびに、通電したニクロム線から「チチチ」と火花が飛び散っているのを。

 「そのクラクション、壊れてるんじゃないの」

 僕は思わず彼に尋ねた。すると隣に座っていた同僚が自慢げにこう言ったものである。

 「彼はクリエイティブな男なんだ」

◆もしも暴動が起こったら……!?
 テンテナの町を散歩していると、焼き討ちされたモスクが目についた。無惨に破壊された窓ガラスが散乱し、真っ黒く焦げた壁がそのまま放置してある。泊まっていた宿のスタッフが言っていた。

 「あの騒乱の時に、この町からすべてのムスリムが追放された。それ以来、ムスリムはひとりも住んでいない」

 スラウェシ島にはイスラム教とキリスト教が混在している。インドネシアは西半分はイスラム教徒が圧倒的であり、東に行くほどキリスト色が強くなり、さらに東に行くとイリアンジャヤのアニミズムの世界になるわけだが、これはイスラム教の広がりと香料諸島を争った西欧の歴史を考えれば理解できる。スラウェシ島はちょうどその真ん中で、両方の宗教が入り交じっているわけだが、ひとつの村に共存しているというよりも、おおむね町や村ごとに住みわけている場合が多いようだ。例えばウジュンパンダンはムスリムが多い町だが、北端のマナドはキリスト教徒が多い。移動しているとキリスト教の町とムスリムの町が交互に現れ、村ごとに雰囲気が微妙に違う。このご時世なのでムスリムの町はなんとなく雰囲気が悪い。遠巻きに視線を感じる。石を投げつけられたこともあった。ドイツ人旅行者がタクシーの運転手に、

 「お前がアメリカ人なら、こうだ」

 と言って、首をかき切る仕草をされたそうだ。

 1999年の騒乱の時にはアンボンをはじめキリスト教徒とムスリムが拮抗している地域で暴動が起こったようだ。アンボンではおよそ2000人が殺され、テンテナの先のポソでも100人ものキリスト教徒が殺害されたという。

 トラジャはキリスト教徒が多い地域だがムスリムも住んでいる。ランテパオの中心にはモスクがあり、早朝からコーランが流されるので、上述のガイド氏はうるさいとぼやいていた。彼はキリスト教徒なのである。確執は確かにあるが、幸いにも暴動には発展しなかったようだ。

 しかし僕は思わず想像してしまうのだ。

 もしも。

 もしも暴動が起こったとしたら。

 そして、犠牲者が大量に出たら。

 どうするんだ。

 どうするんだ葬式は!

 案外そのへんも考えて、暴動は避けられたのかもしれない。

【コラム】
チキン至上主義のムスリム料理
インドネシアの「食」について

 インドネシアの料理を語弊を恐れずにひと言で言うなら、「まずい」。まずいという表現はもちろん主観的なものである。しかし客観的に見ても、つまり百歩譲ったとしても「まずい」。まずいと言うからには比較対象が必要である。

 たとえばタイ料理。タイ料理はうまい。誰も異論はない。タイ料理と比較して、インドネシアの料理は確実にまずい。このインドネシアのメシがまずい理由を考えてみた。試しに東南アジアで食べ物がおいしい国を挙げてみよう。まずタイ。それからベトナム、ラオスあたりだろう。これらの国に共通するキーワードは「中華料理」である。タイ族はモンゴル帝国に圧迫されて南下してきたというのが定説で、つまりもともと雲南の少数民族であり、さらに華僑の進出で中華料理の影響が濃いのは周知である。

 ラオスも同じことが言える。ベトナムも中国の一部であった歴史を考えれば中華料理圏である。

 間にはさまれたカンボジア。カンボジア料理を、誰もがとりたてて誉めない。まずくはないがうまくもない。そしてちょっと味つけが甘い。周囲の美食三国に囲まれてなんと地味な料理だろうか。これはタイ族、越南族に圧迫されてきた不幸なこの国の歴史を象徴するようにわびしい事実である。

 そしてこの傾向、つまりとりたてて特徴のない、タイ料理のように辛くもなく、ベトナム料理のように仏料理との絶妙な折衷もない地味な料理は、中華料理の圏外に位置するマレーシア料理、フィリピン料理、そしてインドネシア料理に共通する特徴ではないか。インドネシアは確かに華僑が多い。しかしこの国は不幸なことにムスリム国家、しかも世界最大のイスラム国家である。

 ブタが食えない。

 ブタが食えなければ中華料理にとて陸に打ち上げられたトドのごとき存在である。イスラムによってトドメを刺されたインドネシアの食文化は、かくしてチキン至上主義の、旅行者にとってはなんとも物足りない国になりはててしまったのである。


【なかやましげお略歴】
1969年生まれ。マンガ編集者を経てライターに。最近ひげに白髪が生えてショック。著書に『ロバと歩いた南米アンデス紀行』(双葉社)、『ソウルの食べ方歩き方』(山と渓谷社)。2004年5月に『韓国軍隊物語』(仮題)が彩流社より発売予定。



 
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