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スラウェシ島のお葬式
2004年5月号(通巻54号)/680円
 2004年5月号から:

【連載】中年からの旅行術 どこかへ行きたい
文 下川裕治/写真 阿部稔哉

第25回:アジアの「豊かさ」に惑う




 昨年の暮れ、バングラデシュのコックスバザールを訪ねたとき、郊外の養鶏場に案内された。なんでも日本の援助でブロイラーを飼いはじめたのだという。施設を見て、やはり、と唸ってしまった。狭い檻になかに、多くのブロイラーを入れ、成長ホルモンと抗生物質の入った餌を与える。養鶏場には電灯もついている。夜も明るくして、鶏の成長を促すのだ。つまり日本は、そういう技術も一緒に援助しているわけだ。

 そこにいる鶏を見て、僕は首を傾げた。ほとんどの鶏の毛が少ないのだ。体の半分以上に赤い地肌が見える。その姿はグロテスクですらあった。

 不審そうに眺める僕に、養鶏場の責任者はこう胸を張った。

 「ああいう種類なんです。毛が少ないから処理が楽なんですよ」

 ことはそこまで進んでいるようだった。

■超肥満体質のブロイラー
 ブロイラーについてはずいぶん昔、仕事を通して調べたことがある。アジアや旅を書きはじめる前、僕は健康雑誌のライターをしていた。たまたま肥満のコーナーを担当した。テーマはおのずと食べ物の分野まで入り込み、鶏肉の話に辿り着いた。

 ブロイラーは当時、すでに日本ではかなり広まっていた。鶏は自然に育てると150日ぐらいで成鳥になる。それを45日ほどに短縮した養鶏システムだった。狭いゲージに入れて運動をさせず、栄養価の高い餌を与え、24時間明るくする。こうしてできたのがブロイラーだった。人間でいったら超のつく肥満の幼児のようなものである。

 当然、脂肪分は多く、柔らかい。ぶよぶよの繊維質の足りない肉というわけで、こういった食文化の変化が肥満を引き起こしていたのだ。

 記事を書いたのは20年も前の話である。

 肥満、そしてその後の日本で盛んにとり沙汰される食品の安全性という視点に立てば、ブロイラーとその生育法は、悪魔の食品のように映るのかもしれない。しかしそこに生活とか豊かさという座標軸をもち込めば話は変わってくる。

 28年前、はじめてタイの水を飲んだとき、口にしたガイヤーンはもっと小さくて硬かった気がする。歯の間に肉筋が挟まって、なかなかとれなかった記憶がある。タイの養鶏業にそれほど詳しくはないが、あの頃、タイの鶏肉は、ブロイラーとその養鶏システムの波をまだ受けていなかった。少なくとも、地鶏が幅を利かす世界だった。

 しかしタイもその後、養鶏業の工業化に呑み込まれていく。安い鶏肉が出まわるようになり、経済成長の波のなかで、食卓は賑やかさを増していくのだ。そして養鶏業は、タイの輸出産業の一翼を担うまでに発展していく。タイの鶏は、いつの間にか、超肥満幼児体質のブロイラーに席巻されていくわけだ。

 タイを襲った鳥インフルエンザは、そんな養鶏業への警鐘であったような気がしないでもない。狂牛病、SARS、そして今回の鳥インフルエンザと、世界を動揺させた病気は、人間と動物のバランスが崩れてしまったことがひとつの要因になっている。


オーストラリアは恵まれた大陸だ

■豊かな大陸と貧しいアジア
 今年の2月、オーストラリアを訪ねていた。折しも、アメリカ産の牛肉の日本への輸入が禁止されている時期だった。オーストラリアでこんな話を聞いた。

 「吉野屋や松屋といった牛丼を売り物にするチェーン店は、まず、オーストラリアの牛肉に目をつけたようなんです。しかし試作してみると、オーストラリア産の牛肉では、牛丼がうまくつくれないらしいんです。オーストラリアの牛肉は硬すぎるというんですよ。結果として、オージービーフの評価があがったんですけど」

 そう僕に話すオーストラリア人は少し得意気でもあった。オーストラリアの食品は安全なんですよ、といいたげでもあった。

 実際、食品の安全性を理由に、オーストラリアに移住する人もいるのだという。

 その話にいくぶんの不快感を抱いてしまうのは、僕がアジアにかかわりすぎたからなのだろうか。オーストラリアは恵まれた大陸である。ユーラシアやアメリカ大陸からも離れ、人口密度も低い。昔ながらの飼育法で牛を育ててもなんとかやってこれたのだ。そして彼らはやはり豊かだった。

 しかしアジアは違う。高い人口密度を抱え、多くの国が国境を接している。人や物の動きも激しく、なによりも、人々は豊かな暮らしを渇望している。

 ブロイラーと、その養鶏システムは、確かに食品の安全性という面から眺めれば、鶏への越えてはならない一線をひょいとまたいでしまったということなのかもしれないが、アジアの人々の食卓を豊かにしてくれたし、アジアに富も生んでくれたのだ。


貧しいバングラデシュの人々の食卓にも、ブロイラーの鶏が出まわりはじめた

 僕はバングラデシュ南部の貧しい農村のなかにできた養鶏場の前でたたずんでしまった。それは最後には、悲惨な結末を迎える飼育法なのかもしれないが、コックスバザールの街には、いま、安い鶏が出まわりはじめたのだ。人々は嬉々として、その肉を調理しているはずである。

 養鶏場の責任者はこんなことをいう。

 「ひとつの棟をつくると、8人の男に仕事が生まれるんです。ここにはいま、6棟の施設ができたから、40人の男を雇うことができる。貧しい村では画期的な事業なんです。日本はすごい援助をしてくれました。これで村は豊かになる」

 僕は国レベルの援助には無縁である。ときに否定的な発想もする。食品の安全性を考えれば、養鶏施設に諸手を挙げることもできない。しかし目の前には、貧しいバングラデシュの男たちが、額に汗を滲ませながら鶏の世話をしている。その前で僕はまた言葉を失ってしまう。

 


 
【しもかわゆうじ略歴】
1954年、長野県生まれ。1978年、慶應義塾大学卒業。新聞社勤務を経て、フリーライターに。1988年から2年間にわたって、『週刊朝日』誌上で「12万円で世界を歩く」を連載、人気企画に。著書『バンコク探検』『バンコク子連れ留学』『アジアの居場所』『タイ語でタイ化』『アジアの弟子』『バンコク下町暮らし』『オカマのプーさん』『沖縄にとろける』『アフガニスタン』他多数。

 

 

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