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テレビが一般家庭にまだそれほど普及していなかった頃の時代、子供たちのヒーローだった紙芝居屋。今回はこの日本の古き良き伝統文化でタイの子供たちを相手にお金稼ぎだ。
紙芝居の定番といえばやっぱり「黄金バット」であるが、僕が題材に選んだのは日本昔話の定番中の定番「桃太郎」。タイの子供たちにも理解してもらいやすいように「桃」を「ドリアン」、「きび団子」を「ソムタム」に変更し、僕は手作りの紙芝居を一晩で完成させた。ドリアンから生まれた桃太郎がお腰にソムタムを下げて鬼退治に出かけるという感動的なお話である。そして忘れちゃならないのが、子供に売りさばくための駄菓子。昔の紙芝居屋は紙芝居を始める前に水飴などの駄菓子を売り、何か買ってくれた子供にだけ紙芝居を見せていたのだという。そこで僕が用意したのは大きな缶にいっぱい詰められたドリアンビスケット。これを1枚5バーツぐらいで売りさばけば、けっこうなお金になるはずだ。さあ、準備は万端。早速タイの子供たちが集まりそうな公園にレッツゴー!
……しかし、状況は大変に厳しかった。僕は適当に子供を捕まえては不審者丸出しのオーラで「ねえ、紙芝居どう? とても面白いよ」と声をかけたのだが、首をプルプルと横に振られて逃げられるばかり。興味を示してくれる子供なんて誰もいやしない。「紙芝居なんかよりもゲームボーイさ」という感じでゲームボーイをピコピコと操りながら僕のもとから立ち去る子供。やはり現代の子供に紙芝居は無理なのだろうか?
日を改めて僕が乗り込んだのは、孤児院を併設したある小学校。孤児院の子供たちはきっと部屋にテレビもなくエンターテインメントに飢えており、紙芝居に食らいついてきてくれるのではないだろうか。僕は学校の校長とコンタクトを取り「日本の伝統文化をタイの子供たちに紹介したい」と話した。するとあっさりすぎるほどに教室の教壇に立つ許可が得られてしまった。
「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に……」
大勢の生徒を前にしてへったくそなタイ語の発音で「桃太郎」のお話を読む僕。生徒たちは僕の発音をちゃんと理解してくれているのか? 楽しんでくれているのか?
やっぱり「桃太郎」よりも、渋く「ゴルゴ13」とかにしておいたほうがよかっただろうか? そんな不安を感じながらも読み進めてゆき、チラチラと生徒たちの顔色を伺う。笑っている。しかし生徒たちは「桃太郎」のお話によりも、へたくそなタイ語を話すおかしな日本人である僕に笑っているのではないだろうか? 「客に笑われるんやなくて、客を笑わせてあげるんや」という落語家の言葉を思い出しながら、僕は必死になってページを繰り話を進めてゆく。
「そうして、桃太郎はおじいさんとおばあさんといっしょに、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
終わった。一瞬の沈黙。わあっ! と拍手と歓声が起こった。生徒たちはかなり喜んでくれていた様子だ。がんばった甲斐があったよ。いやあ、よかった、よかった。
と、僕はここでうっかり肝心なことを忘れてしまうところだった。順番は逆になってしまったけれど、紙芝居を見せてあげたからには彼らにドリアンビスケットを1枚5バーツで買ってもらわなければならない。当然である。孤児であるとはいえタダで見せてあげるわけがないだろう。僕がそんな慈善心に溢れた心優しい男だと思ったら大間違いである。
僕は持参してきたドリアンビスケットを机の上に乗せる。しかし目をきらきらと輝かせて僕を見つめる子供たちに「じゃあこのドリアンビスケットを1枚5バーツで……」とはさすがに言いづらい。僕が躊躇しているあいだに担任の先生は生徒たちにこう言う。
「このお兄さんがみんなにお菓子を持ってきてくれましたよー」
わあっ! という歓声。いや、違うんだ。それは1枚5バーツで……ということもできぬうちに、僕が持参してきたドリアンビスケットはお土産ということで子供たちに認識されてしまった。
今回は1バーツも稼ぐことができなかった。まあ、こんな日もあるさ。子供たちの笑顔はお金には変えることのできない価値があるってことで、勘弁してくれっ!
今日の売り上げ:0バーツ
労働時間:午後1時から午後2時計1時間
【こばやしていじ略歴】
できちゃった結婚で新婚ホヤホヤ。自分にちゃんと育児ができるのかちょっと心配。諸事情によりもうそろそろ日本に帰らなければいけないかもしれないのだが、その前におやじ梅の息の根を止めるべく奮闘中。突破記者1号の座は譲らない。
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