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ベッドの上のタイvsフィリピン
パタヤでナンパに挑戦
2005年11月号(通巻72号)/680円
 2005年11月号から:

【特集】
性の文化人類学・入門編
ベッドの上から観たタイVSフィリピン

文・写真 のなか悟空(福沢諭)

 
 
 
  オイラはドラマーである。

 しかし、ただのドラマーじゃない。絶倫ドラマーである。しかも好きで本も書く。もう四半世紀もジャズなどというジャンルのドラムを叩いちゃいるが、まったくカネにならない。だからカネがない。しかも教養もなければ学歴もない。社会的に認知された職業に就いたのは自衛官だったことだけだ。ないないずくしのセコくてビンボーなドラム・ライター。

 そんなオイラが書くものがなぜ活字になってしまうのか?

 フフフ。それはじゃ、オイラは特別にDNAに組み込まれた第3の目を持っているからなのだ。その目とは……限りなく偏見に満ち満ちてはいるものの、あたかも電子顕微鏡の如く、限りなくズームアップしてウオッチングできるという代物なのだ。

 フフフ。これがオイラだけのオリジナリティーに溢れた特技だと、ひそかに自画自賛している。

 今回、ベッドの上から観たタイ女性とフィリピン女性について、オイラなりの視点から我田引水の観察レポートをお披露目しよう。といっても、ベッドに上に立ち上がって両国の女性を眼球で見るということではなく、タイ女性とフィリピン女性では、ベッドの上での営みに、どういった部分に大きな違いがあるのか、といった文化人類学的な見地に立った高尚なフィールドワークの成果を考察してみたのである。このレポートは「たら」「れば」の不確実な推論や想像ではなく、あくまでオイラの幾多の体験に裏付けされたものであるから、信頼度は完璧だと断言できる。

 ただ哀しいことがひとつだけある。女性をレポートするというオイラのルックスだが、悲しいかな、友人たちが口を揃えて言うには、オウムの麻原やフーテンの寅さんに似ているらしい(とほほ)から、そこいらを承知しておいてほしい。

 ヒゲでデブでチビでどケチで、タイ語もタカログ語もロクに喋れぬスケベな中年男が、チェンマイとマニラにお百度を踏んだ。

 さて、その結果やいかに──?


◆共通点は自己犠牲だが……
 タイ式ボクシングのジムには、小学校低学年ほどからチャンピオンを目指して精出す子供たちがいる。オイラもチェンマイのジムに2〜3か月ほど通ったことがあるが、彼らの夢は限りなく大きい。その夢の向こうにあるものは、家族のためにカネを稼ぐチャンピオンになることである。

 家族のために家を買い、テレビを買い、冷蔵庫を買い、トラクターもほしい。弟妹を学校に行かせるためには自己犠牲は2の次なのである。

 そういう意味では、夜の酒場で酒を注ぐフィリピーナたちも、同じメンタリティーを持っている。フィリピンにはキックボクシングがないから、少年たちが一念発起してチャンピオンをめざすというスポ根ストーリーはないが、もしあったとしたら、ジムで汗を流し、一攫千金を狙う少年たちが出現するかもしれない。

 残念ながらそういった根性物語はフィリピンの国民性としては皆無なので、いきおい女の子たちに頼るしかない。したがって、男たちは座して女たちの稼いでくるカネを待つという構図が、フィリピンには出来上がっているのである。

 いずれにせよ、フィリピンもタイも、両親のため弟妹のためというのが、風俗に従事せざるを得ない女性たちの偽らざる真実ではある。この両者の中に好きで仕事に従事している者たちが全くないとは言わないものの、その率は極めて低い。

 フィリピンの場合は借金ということもあるが、もともと財産も何もない者たちがそうそう多額の借金ができるわけがない。享楽的に生きているその日暮しのフィリピーナたちが、土壇場の空腹状態で「明日のパン」を求めて、やむなく仕事に出かけていくというスタイルが多い。そのために特定の置屋に拘束されたり、契約して所属するという性質のものではないのだ。それこそ出もの腫れものと同じで、「出られる時に出る。出たい時だけ出る」といった、自由出勤制が主流である。こういった無計画で行き当たりばったり的なところが、いかにも能天気なフィリピンを象徴している。

 片やタイの場合は、電化製品を買うのか、農機具を買うのか、両親がまとめて先にカネをもらってしまい、娘を代償(売り)に出すというスタイルである。それは昔の日本で行われていた人身売買と共通している部分もある。フィリピンの場合と違って悲哀さがともなう売春の形態である。それはそのままベッドの上で形となって現れ、我々スケベどもを泣かせる結果となるのである。

◆信心深さの違いと貞操観念との関係
 タイは小乗(上座部)仏教、フィリピンはローマ・カトリックである――。

 Gダイアリーの読者に今さらオイラが能書きを垂れるわけではないが、タイ人の信心深さにケチをつける者はいまい。

 チェンマイに向かう列車の中でのことだ。オイラの周りには大好きな女子高生の群れがいた。ある地点に差しかかると、彼女たちは一斉に車窓の外に向かって両手を合わせた。その視線の先に目をやると、金色に輝く寺があった。

 それを目撃したオイラは感動した。いや、感動などという使い古された安易な言葉では表現できない。鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。それはきょうび娼婦まがいの短いスカートをはいて闊歩する、日本の女子高生とは生き物が違うほどの差があるからだ。

 バンコクで置屋の女の子を、トゥクトゥクに乗せて安宿に向かう。女の子が両手を合わせたのでその視線の先を見ると、またもやお寺が……。チャンマイで就寝前に家族と牛が元気でいるように、と祈る女性もいた……。

 (こんな子を抱けるわけがねぇ!)

 その場ではそう思ったが、ついつい抱いてしまった外道のオイラ……。

 片やフィリピン――。

 敬虔なローマ・カトリック信者の国とは言われているものの、多くの者たちは困ったときとクリスマスのときしか神様を思い出さない。人口密度の高い大家族なため、性教育は両親の実践している姿を見て早期に学ぶ。貞操観念という言葉があるのかないのかは知らないが、早くから実地で経験する環境にあるため、10代の中ごろには妊娠を経験する子も多い。

 ローマ・カトリックでは堕胎が禁じられてはいるものの、それは言い訳で、実は堕胎するだけのカネがないというだけの話。どいつもこいつもとっとと子供をひり出す。ひたすらセックスを愛して生殖活動に精を出し、子孫繁栄に加担する。同じ黄色人種でありながらフィリピンは中南米的なラテン気質で、ホントにアジアかよ? というほどの感性を持ち合わせている。

◆タイのマグロはまずい
 タイの鯉はマグロ状態になる。すなわち、耳をふさいで嵐が通り過ぎるのを待つ。

 かたやフィリピンの鯉は……積極的に加担することにより、早く終わらせようとする。それでもこういったテクニックはタイのベテランたちにも見られないこともない。

 私の書いた『タイ遊女めぐり紀行』(太田出版)にあるように、私はタイでこれまで延べ200人の女性たちと一夜を伴にしたという、記録がある(ちなみに、フィリピンでは延べ数十人に留まる)。

 その人数たるや金額にすれば相当な金額になるし、結果的には私が何人かの経済を潤したのではないか、と自負しないでもない(苦笑)。そんな「泥棒にも三分の理」は言い訳にはなるまいが、なぜそんなに多くもの女の子たちとベッドをともにしたのか? せざるを得なかったのか?

 理由その1──浮気性だから。
 これには言い訳のしようがない。モラル的には最低の男であるが、子孫繁栄という動物の本能から見れば見事かもしれないと言い訳しておこう。

 理由その2──マン足感が得られなかったから。
 然り。いわゆるオトナのセックスができなかったからだ。いまさらセックスの定義などどうでもいいだろうが、そうでもない。延べ200人に及ぶ女性たちは、ほとんどが儀式的であり、儀礼的であり、仕事的であり、イヤイヤ仕方なくである。それであたかも大木のように寝転んで、こちらが乳房を触っても、局部を触っても舌打ちをする子が多い。『悟りきらない俎上の鯉』なのである。

 ここでオイラは考えた――これって、もしかして男を不能にさせるための作戦なのか……と。そうだとすると、彼女たちは男の生理を理解していない。男はたとえ不能にさせられたとしても、心だけは「まだやりたい症候群」が尽きることはないのだ。どんなカタチであれ、何が何でも一度はヌカないことには収まらないのである。

◆北風のタイと太陽のフィリピーナ
 話は変わるが『北風と太陽』というイソップ童話がある――。

 旅人の外套を脱がすのに、北風は必死になって風を吹きつけた。片や太陽はポカポカと優しく暖めた。旅人はその暖かさに外套を脱いだ。そんな物語だ。

 ここで、「これで立たねえだろう」というタイ女性たちを北風に例えるのなら、「その気にさせてイカせてしまう」太陽がフィリピーナだといえるのではないだろうか。

 フィリピンのアンヘレスで、たかだか18歳の置屋の女性の鏡のような女の子がいた。その子はどんなお客にも嫌な表情をいっさい見せず、いつもニコニコと笑顔を見せていた。 
 
 その彼女に訊ねたことがある。

 「キミはいつもニコニコしているけど、お客さんとトラブルはないの?」

 「だって、お客さんのしてほしいことをしてあげれば、お客さんは喜ぶでしょう。それが私には一番うれしいの。チップだって多くもらえるしね」

 然り! まるでさだまさしの『関白宣言』の歌詞のようだ。

  しゅうと こじゅうと かしこくこなせ〜♪
  たやすいことだ 愛すればいい〜♪

 この彼女の言葉が、フィリピーナを代弁しているようにも思える。

 嗚呼、果たして私はこんな言葉をタイ女性から聞いたことがあっただろうか……。

 それどころか、理不尽にも半立ち状態でゴムを被せられることを余儀なくされ、しかももう1枚上から被せてしまうという念の入れようだ。これをヘビの生殺しと呼ばずして何と呼ぼう。こうなれば虐待されているのは女の子たちのほうではなく、買っているはずの側である。悲しいかな、私の愚息は泣き濡れてうなだれ、陰毛の中に埋没してしまうのが常であった。

 ここで女の子の側に軍配が上がる。

 (フフフ。悔しかったら立ててみな)

 ってな寸法で、敵の術中にまざまざとハマッてしまう。これじゃあヤダ。

◆「ありがとう」はハウマッチ?
 片やフィリピーナの多くは中南米のセニョリータたちと感性が似ている。

 同じ仕事でも「どうせするのなら楽しく」、というところに立脚している。それは自分自身をあたかも王女様か悲恋のヒロインに仕立てあげての主演女優を演じるのである。

 ということになれば、ベッドインは自然にキスから導入部に入り(嗚呼、タイでは絶対にあり得なかった……)、流れるままにチュパチュパ(フェラチオ)へと流れていく(これもタイならばあり得ない)。それからバックありぃ、の、騎乗位ありぃ、ので、めくるめく快楽の追求は続く。

 そんな折でも、彼女たちは商取引の確認を行うことを忘れない。

 「キモチいい?」

 「うん」

 「じゃあビッグチップお願いね!」

 日本では『ベッドの上での約束事は守らなくても、契約違反にならない』という法律(?)があるが、果たしてフィリピンではどうなのか? 快感の極みにある状態での約束は、ウソでも頭を縦に振らざるを得ない。咥えてもらっていたポコチンを突然離されたてはタマラナイ。そこで男ども出任せのいい加減な返事をするのである。

 帰り際にはピナたちは物欲しそうな顔をする。その表情はまるで芸をした後の飼い犬のようでもある。

 チップを渡す。

 「オンリーディス?」

 必ずこういった決まり文句が返ってくる。それは汗を流してまで演じた、自分の悲恋のヒロインとしての出演料が安いと不満顔である。そこでこちらとしてはサイフからもう1枚(100ペソ=約200円)抜いて渡すことになるのだが、それでも安ければさらにまた要求されてしまう。

 ここで日本人としての相場である300〜500ペソあげれば、「クリポット(ケチ)」とは言われない。それどころか、手の平を返したように打って変わった態度で、

 「アイ・ラブ・ユー。アナタのことがとってもスキなの。またリクエスト(指名)してね」

とくる。これがフィリピーナ独特のビジネス・スタイルなのである。

 片やタイ女性――。

 自慢ではないが、延べ200人の中で、「チップをちょうだい」と言われたことは皆無だ。それだけタイ女性たちは奥ゆかしいということでもある。ベッドの中で自己主張ができない消極的さゆえに、チップなども要求できないのだろう。それにそもそもタイには、西洋人の習慣であるチップ制度というものがまだ完全には浸透していない。「ありがとう」は心で言うものと思っている。

 したがって、私はそれをいいことに、タイ女性には帰りのトゥクトゥク代の30〜50バーツしか渡したことがない。もしそれ以上あげたとしても100バーツ(約300円)を超えたことはない。それでも、彼女たちはフィリピーナとは違って、「たったのこれだけ?」とは、口が裂けても言わない。それどころかワイ(両手を合わせて拝む)をして、「ありがとう」と言うのだ。そんな奥ゆかしいタイ女性であるがゆえに、私は品物を買ってあげることが多かった。

◆買い物した時に民族性が現れる
 チェンマイのナイト・バザールへ、レンタルバイクの2人乗りで向かう――。

 そこで女の子に買ってあげるものはTシャツだったり、安物の腕時計だったりするのだが、そこで彼女たちの懐の金が減るわけではないのに、商品をディスカウントする交渉をしてくれたりする。それで彼女たちの思いやりに、思わず感激してしまう自分がいる。そのためついついハンドバッグや化粧道具も……となってしまうのだが、それでも1000バーツを超えることはない。

 以前、私が買ってあげた安物の腕時計をしたまま、まんじりともせず腕時計を眺めている子がいた。おそらく時間も読めないような子だったのだが、それにしても生まれて初めて手にしたであろう時計がよほど嬉しかったのだろう。そういった純情な部分を持ち合わせたタイ女性は好きだし、心が癒されてしまう。

 それでも行為のまっ最中でも時計をいじっているものだから、肝心な部分はビーフジャキーのようにパッサパサだった。ガッカリしたのだが、それはそれで裏を返せば彼女たちが根っからの娼婦ではないといった証明でもある。親孝行のために、弟妹たちのために、身体の一部分をほんのわずかな時間だけ男に貸与していると割り切っているのだと思うのだ。

 そういった彼女たちに感動を覚える私だが、下半身はまた別の生き物。自分の払った代償を彼女たちの肉体に求めようとする私ではあった。それでも、相手にその気がないセックスというものほど味気ないものはない。ダッチワイフのような(といってもダッチワイフは知らないが)生ける人形を抱く空しさは、事後の自己嫌悪もひとしおだった。

 一方、フィリピーナの場合は――。

 フィリピンのチップ文化とでも言おうか、乞食根性には充分チップをあげているので、フィリピーナにはプレゼントをしたことがない。したがって以下の例はあくまで推測の域を出ないが、非常に高い確率で的を得ていると確信する。

 タイの女の子たちが土産物屋で値引き交渉をしてくれるのに比べ、ピナたちはまったく逆の行動をとるだろう。すなわち……バックマージンをもらうという作戦である。カモである男を土産物屋なりに誘う。そこで言い値で男たちに買い物をしてもらい、その店からバックマージンをせしめるというものだ。

 この手法はインドのリキシャに始まって、フィリピンのポン引きやガイドに当てはまる。彼らはホテルなり土産物屋に客を案内して、客に気づかれないようにバックマージンを店主から受け取るというものだ。

 ここでカモである男どもは、フィリピン人に比べて無尽蔵にカネを持っている経済の占領軍である。ならば、いくらでも取れるだけのカネをいただいちまえ、というものだ。そこにはタイ女性たちに見られる古き良き日本の「奥ゆかしさ」は微塵も見られない。

◆日本のピンサロに学べ
 日本の風俗でソープランドといわれるところには、恥ずかしながらたったの1度だけしか行ったことがない。それを語るにはおこがましいので、そのことには触れない。

 私の主戦場は主として、ピンサロである――。

 行った数たるや首都圏を中心として100回は軽く超えるだろう。それでも女の子たちによってイカせてもらったことはたったの2度しかない。というのも私は極度の遅漏で、ハンパなテクニックでは発射しないのである。

 一度は大宮市の某店で、新人の体育会系の女の子があまりにも一生懸命に往復運動をするのに感動して、呼吸を合わせて放出。2度目は蒲田の某店で、特別に可愛いアイドル系の子のときだった。それ以外の98回以上は全て自らの手動によるものだ。

 ま、それはいい。オイラのケースなど誰も興味はあるまい。ここで言いたいのは、ピンサロの店長サンによって教育されたであろう、一般労働者的には不良少女と呼ばれる女の子たちが、コトを終えた時点で男性自身を拭いてくれながら、「お疲れさまでした」と、キチンと言えるということだ。それでなくても時間ギリギリまでフィニッシュに向かわないオイラのことだ。お疲れなのは女の子のほうである。

 そこでオイラはいつも言う。

 「そんなことはないさ。疲れたのはキミのほうだよ」

 そう言って、彼女の仕事を労わる。だってこっちは疲れるのを承知で、カネを払ってまで行っているのだ。早い話、疲れる行為が好きなのである。そういった男たちがいるからこそ、人類は地球上ではびこっていられるのである。「お疲れ」なことは百も承知なのだ。

 しかし、タイでもフィリピンでも「お疲れさま」とは言われたことがない。

 タイは小乗(上座部)仏教の国。フィリピンはローマ・カトリックの国。それぞれの厳格な宗教の影響が濃い両極端の二つの国だが、無宗教同然の日本の不良少女たちが言うところの、仕事の後の「お疲れさまでした」は、ある意味、はなはだ感動ものである。

 しかも、しかもだ。

 『当店では心づけは禁止しております』

 という張り紙さえある。女の子たちにはチップではなく、腕(正確には口だが)だけで稼げ、と言っているのである。

 これは店長サンたちの教育の成果に他ならないものだと脱帽するしかないのだが、果たして本当に彼女たちが「お疲れさまでした」と思って言っているのかとなると、それは限りなくウソに近いものだろう。なぜなら誰だって好き好んで見ず知らずの男の性器を咥えてるわけじゃない。息も局部も臭い奴、不潔な奴、傲慢なヤツ、遅漏の奴、乱暴に女性の局部をイジる奴ばかりで、それこそ「とっとと出して帰りくされ!」といった連中ばかりだと思うのだ。

 それなのに……なぜ?

 ここでオイラは答えを見つけた――それは本音と建前が違って当たり前の日本文化を象徴する、『ウソ』がつけるからである。女性たちも数ある職種の中で、あえてピンサロを選ぶなんざ普通じゃない。ほとんどが不良も不良、トコトン悪事や親不孝を働いてきたであろう少女たちであろうことは想像に難くない。彼女たちが親兄弟、学校の先生たちについてきたであろうウソは、閻魔大王が100人いても舌を抜くのがおっつかないほどだと思うのだ。

 だからこそ頭を下げるが、舌を出して言える。

 「お疲れさま(=とっとと帰りやがれ、このクソオヤジ!)」

 ちっとも感謝はされてないのである。来客に真摯に感謝するような性格を持ち合わせた器であれば、こういった職業には従事していないはずだ。

 ここで私の発言に対して、職業差別を理由に異議を申し立てるものがいるかもしれない。職業に卑賤はない……と。それはそれでも、ちっ〜とも構わない。そういう者は自分の近親者をピンサロに勤めさせてみることだ。

◆嘘をつく女たちの流儀
 それはさて置き、ここでタイ女性とフィリピーナの場合だったらどうなるか――?

 田舎から出てきたばかりのタイの少女たちは、日本女性のようにウソがつけない。仕事が大変だったことも口に出さず、ただ黙ってワイをするだけだろう。

 ならばフィリピーナだったらどうか――?

 たとえ店内にチップ厳禁の貼り紙があったとしても、だ。彼女たちは客の身元に小声で囁くことだろう。

 「イカウ(あなた)、ティティ(ちんちん)小さい。それにバホ(臭い)。でも、アコ(私)頑張った。チップたくさんたくさんちょーだい」

 したたかなのである。

 「えっ!? たったのそれだけ? もっとぉ〜!」

 さらにしたたかに言う。

 万一、黒服に見つかって、チップ厳禁の張り紙があるぞと注意されたとしよう。

 「だってぇ、日本語読めないよぅ〜」

 ピナたちはこう言うに決まっているのだ。しかも女の子同士で協定を結び、他の子がチップをもらっても見たことも聞いたこともないと申し合わせをし、自分もそんなことは知らないとシラを切る。それがフィリピーナのスタイルなのである。

 結果――タイ女性は自らに奥ゆかしく正直であり、フィリピーナも動物的に本能丸出しで正直である。したがって最もウソつきなのは日本人女性だ、ということになる。

◆ベッドインの手順を具体的に検証
 タイ女性もフィリピーナンも部屋に入れば、ほとんどは男がシャワーを浴びた後、自発的にシャワーに立つ。ほとんどと条件を付けたのは、たまに男より先に浴びたり、全く浴びようとしない者もいるからだ。

 まず男より先に浴びる、というのは、タイでは皆無だった。フィリピンでもそうそうないのだが、こと歓楽街で一晩に何人も漁るプロ中のプロは、臆面もなくとっとと男の前でスッポンポンになり、シャワーに立つ。出て来るとまるでビデオの早送りのようにベッドインの手順を踏んで、男をエンディングに持っていこうとする。そしてコトを終えるととっとと出て行く。連中はルックスもいいかわりにカネも高く、チップも高額を要求する。

 またシャワーを浴びようとしない女は、フィリピンにもタイにもいる。

 まずフィリピンでは――シャワーを浴びる前にチップをいくらくれるか確認する輩がいるということだ。それでチップの額が折り合わねば、そのまま何もしないでいようという詐欺まがいのことを平気でしてしまう。

 片やタイでは――「恥ずかしいから」、という理由で浴びないという子もたまにいる。もちろん、電気は消してはいるが、たとえバスタオルを巻いたとしても、男の前で肌を露出するのがイヤだという。そこでこちらが目をつむっているから、ということでシャワーを浴びに立たせることもあるが、それでも浴びに立たない者がいる。

 また面白いことに、そういった子は、決して自分では衣服を脱がず、男に脱がしてもらおうとするのだが、脱がしてあげると肩から下はシーツを被っていて決して見せることはない。こちらが乗るにしてもシーツは被せたままだし、肌の接触も局部の結合部分以外の余分な接触は嫌がる傾向にある。しかも決してこちらの性器に触れることはない。ただ、「コンドーム付けてね」と口頭で確認をするだけだ。そういう意味では、こういった子はプロの娼婦とは決して言えないだろう。

◆キスできるかどうかそれが問題なのだ
 さて、ベッドに入って女性を待つ――としよう。

 次の動作はキスかも? とフィリピンならば期待してもいい。それはほぼ100パーセントの確率で可能だからである。

 ところが、タイときたら……それはまず限りなく不可能に近いと思って間違いない。現に私は延べ200人の中で、速やかにキスに移行したのはたったの2人でしかない。だから今でも名前を記憶しているほどだ。

 ほんのわずかだが、たまにキスが可能な子も、しっかりと歯を噛み締めて唇だけを辛うじて預けるという、極めて消極的なキスである。ひどいときには唇を接触させただけで、「カーッ、ペッ!」とベッドの脇にツバを吐かれた経験がある。タイ北部の山岳地帯から出てきたばかりの子だったので、悪気はなかったのだろうが、私は傷ついた。これは多分に私自身に問題がなきにしもあらずかとも思うが、タイの山村自体にそういった習慣がないということが挙げられるだろう。

 次がオーラル・セックスと言われているものだが、フィリピンならば自然の流れでそうなることは極めて容易である。これがタイとなるとこれまた非常に少ない。私が経験した中でも、してもらったのはたったの2人。してもいいと言ってくれたのは3、4人か。

 お互いに口唇で愛撫する、いわゆる69スタイルというのは、たったの1人しかいなかった。実に200分の1、すなわち0.5パーセントだ。これがフィリピンとなると……ざっと思い出すだけでも半分ほど。約50パーセントだ。したがって69スタイルは、フィリピンではタイよりも100倍の確率で出来る可能性があるということだ。

◆体位なんて知らない?
 次に話題を進めよう。

 通称バックと言われている後背位(フィリピンではドッグ・スタイルという)はどうか――?
どうか? って何がどうかというと、可能か? ということだ。可能に決まっているだろうが、ことタイ女性となると、それが羞恥心なのか、拒否される場合が多々ある。四つん這いになることへの抵抗感からか、後ろから見られることの羞恥心ゆえか、タイ女性でも若い子ほど拒否する率が高い。日本女性でも嫁入り前の30歳の女性が「恥ずかしいから」という理由で、どうしても拒否した子がいた。やはり四つん這いになるというのは、我々男どもが肛門科に行くのと同じような抵抗感というものがあるに違いない。

 そこでフィリピンでは――。

 ほぼ100パーセントの確率でOKだ。これまで拒否されたことは一度たりともなかった。

 そして騎乗位は──?

 タイでは3人だけがしてくれたことがある。しかも彼女たちはいずれも年季が明けて(借金を返済ずみ)、自らの意思で置屋に在籍している30歳近い女性たちだけだった。そういう意味で、経験の浅い置屋の子たちには、そういうことは望むべくもあるまい。もしかしたらそういった体位さえ知らないかも?

 片やフィリピンでは――?

 望めば全て可能。ただし、ドッグ・スタイルと違って筋力と労力を要するため、女の子によってはチップを払う必要があるだろう。

◆女たちの勝敗──あくまでも私の体験による総括
 十数年前、私は初めてタイを訪れ、バンコクから夜行列車でチェンマイ駅に降り立った。以降タイへはチェンマイを中心として十数回以上は訪れている。

 一方、フィリピンを訪れたのは4年前、何かのついでにバンコクからマニラに飛んだのがキッカケだった。その折にたまたまマニラの置屋に行ったのだが、タイで十数年間に経験し得た最高の女性との交歓を、たったの一晩、しかも一人の女性で味わうことができたのだった。以来、何度もフィリピンを訪れた結果、私はタイ派からフィリピン派へと改宗(転び)したのである。

 以上のような汗と涙の結晶のようなフィールドワークの結果、私の得た結論がある。いま流行の『韓流』のように、古き良き昭和のような女性を求めるならタイに行くがいい。
 
 それに対して、めくるめく官能に浸るセックスと恋愛遊戯(ゲーム)を堪能したい御仁はフィリピンへ降り立つがいい。

 成田からバンコク経由でマニラに行くのもいいし、その逆でもいい。タイでプラトニックのような不毛のセックスに泣き、その後にマニラに飛べば、酒池肉林の千夜一夜物語を楽しむこともできる。それは読者自身の選択肢と胸先三寸で決まるはずだ。

 ボンボヤ−ジュ!

【ふくざわさとし略歴】
「のなか悟空」の名前でフリージャズドラマーを四半世紀以上続けてきたし、硬派な本も書いた。だが、理想だけではメシは食えない。ペンネームを替えた。印税で1万円札がいっぱい入るように、ペンネームを「福沢諭」とし、数年前から硬軟織り交ぜたフィリピン旅行記とフィリピンパブ関連の本を立て続けに5冊も出した。今夏はマニラの置屋に50日間通って、潜入ドキュメントを原稿用紙1600枚も書いたが、赤痢になって隔離された。しかもまだ本にもなっていない。人生はなかなか思い通りにならないものだ。著作には『ザ・フィリピン妻』『ザ・フィリピンパブ嘘』『アフリカ音楽探検記』『アマゾン音楽漂流記』(いずれも情報センター出版局)、『フィリピン憤激ひとり旅』『マニラどつかれ路地裏紀行』(いずれも第三書館)、『タイ遊女めぐり紀行』(太田出版)などがある。

 http://www2.ttcn.ne.jp/~goku/goku/


 
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