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タイの仮面ライダー
ミャンマーで物々交換に挑戦
2005年9月号(通巻70号)/680円
 2005年9月号から:

【連載】アジアの風に吹かれて 金次郎先生の浮世話
文・挿絵 梶山立志

第13回:70年前の道楽

 
 
 
 目の前にあるモノクロ写真は、今から70年前のものだと思う。道楽者の叔父さんが撮影したものだそうだ。各地の風景や行事、風俗スナップやポートレートなどなどが膨大な量となって山積みされていた。歴史の話でしか知ることのできなかった事実が、モノクロ写真というリアリズムの記録として残されている。

 今回はそれらの写真のことについて含蓄を語るのではなく、70年前の叔父さんの足跡について思いをめぐらせたいのである。一枚の写真を手にしてみると、芸者衆であろうか、藤の一枝を手にしてレンズを見つめる娘がいた。バックの様子からうかがわれるのは大陸のどこかの町であろうか、中国人風の男が見える。叔父さんの豪遊ぶりを思わせた。

 コロニアル風の建物の前で洋傘をさして笑う、洋装の婦人たち。すぐそばで三角傘をかぶった男とシクロが見える。ベトナムかインドネシアかもしれない。埃りっぽい画像とバライタ紙が、否定できないくらい歴史を証明している写真だった。当時、叔父さんはカメラ機材を運ぶため、何人かの助手を連れて旅し、路銀がなくなると、そのつど、「一筆啓上 カネ送れ」で、何度も実家に無心していたらしい。

 マレーシアの置屋では、身請けした女に旅費まで渡して日本に帰したとか。その後、女は盆暮れというと必ず叔父さんのところにこっそり挨拶に来ていたそうだ。

「お孫さんも今は立派な大学教授になっているんだよ」

 と、叔母さんはいとおしげにつぶやいた。

 当然のごとく、話にはちょっとした尾ヒレが付いて語り継がれる。それこそが歴史であり、故人に敬愛の念を抱ける証かもしれない。尾ヒレどころか背ビレ、胸ビレくらいまでつけて語り継いでもいいと思う。そうしなければ、叔父さんがあの時代に放蕩三昧を道連れに各地を歩き、撮影をした甲斐がないというものだ。

 いつの時代でも、世間の道理に立ち向かうことのできる術は道楽でしかない。その道楽を支える精神は、浮世離れと甲斐性のなさだと思う。道楽三昧の親父を見て育った息子や孫は、それがイヤでイヤでたまらず、自分はそうなりたくないと子供心に思っただろう。そして自分が選んだ道は、手堅い公務員。道楽親父が育った、床の間のある家はいつしかなくなり、鉄筋コンクリートの住宅となる。

 上海あたりの料亭を借り切って芸者遊びをした叔父さんの話など話題にも上らない。むしろ、息子は、「あのころ、親父があんなことをしていなければもっと広い敷地に住んでいたかもしれないのになあ」などとつぶやく。世に言う、叔父さんが食いつぶした財産とは、土地や家屋などである。でも叔父さんは、道楽という立派な財産を残してくれた。税金もかからなければ、維持費もかからない素敵な財産だと思う。さぞかしご家族はご苦労が絶えなかったことでしょう。お察し申し上げます。

 でもどうでしょう。ここらで70年前の叔父さんの道楽を、供養の心を持って語り継いだりしてみては。現代のオヤジたちのおしゃれとして。これからの70年のためにも……。


【かじやまたてし略歴】
画家。日本美術家連盟会員。埼玉県生まれ。セツ・モード(長沢節)で水彩画を学んだ後、フランスのパリ、イタリアのミラノ、スペインのアンダルシアに滞在。1990年代後半からは東南アジア各地の取材を中心にして、子供たちとの絵画交流を推進中。著書に『水彩画で描くスケッチ画入門』(日本文芸社)、『初学水彩画的葵花寶典』(百巨文化・台湾)、『素敵な水彩スケッチ』(日貿出版社)がある。


 
 
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