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この号の特集/ |
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| バンコクは奥が深いぞ インドで修行してきた |
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| 2003年11月号(通巻48号)/680円 | ||||||||||
| 2003年11月号から: | ||||||||||
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【連載】へこたれない女たち 〜娼婦と男の物語〜 |
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その日は、レックがオーストラリアへ発つ日だった。2回目の国外出稼ぎだった。彼女はパッポンのゴーゴーバー、Kのダンサーで、オレと同じアパートの3階に住んでいた。
空港まで見送ってやることを約束していたので、集合時刻の1時間くらい前に彼女の部屋へ行った。何か手伝ってやれることはないかと考えたのだが、レックはルームメートや弟妹の手を借りながら、最後の荷物チェックに余念がなかった。部屋の片隅に、吹き出しの部分をタイ語に入れ替えた日本の少女漫画が山積みにされていた。またその横には彼女が趣味で集めてきた着せ替え人形数体が、壁に並んで立てかけられていた。 レックは象祭りで有名な町、スーリン近郊の農村の出身だった。歳は21。彫りの深い顔立ちをしていたが、イサーンの出身にしては色白なほうだった。 一回目の海外出稼ぎはドイツで、そのときは2か月で帰国した。ほんの一年前のことだった。 「あんな大きな男たちを毎晩4人も5人も相手できるわけないじゃない。体がおかしくなりそうだったから、とっとと帰ってきたの。契約違反だと言われて、ぜんぜんお金はもらえなかった。飛行機代分、赤字だったわ」 レックは顔をしかめながら話してくれたものだった。あまり言いたがらなかったが、それに比べると、今回は条件が良いらしく、期待も大きいようだった。 レックを見送るべく、友人が次から次へと集まってきた。オレも見知っているKのダンサーがたくさんいた。10人あまりとなったところで、いよいよアパートを後にした。荷物は大型のスーツケース一個にデイバック。詰めこまれている物はほとんどが衣服だということで、それほどスーツケースは重くなかった。タクシー3台に分乗し、そのままドンムアン空港へ直行した。 SQ61便。ひとまずシンガポールで降り、そこでトランジットしてシドニーへ向かう。レックがカウンター前で順番を待っているとき、それとなくチケットを見て、オレは一瞬目を疑った。彼女が手にしていたのは、エコノミーどころかビジネスでもなく、なんとファーストクラスのそれだった。レックは英語が読めないまま、人がたくさん並んでいるエコノミークラスの列についていたのだった。 この手の出稼ぎには、それ専門のエージェントが介在していることくらいはオレも知っていた。これも巧妙な偽装のひとつなのかとふと思った。所在なさそうにしていたレックを、さっそくだれも並ぶ者のいない赤カーペットのほうへ連れていってやった。 係員たちは怪しむように、不躾に彼女の風体を見やった。ほうはつ頭にピンクのTシャツ、膝の部分を故意に破ったジーンズに白のスニーカー、腰にはウエストポーチ。なんだかサンデーマーケットでよく見かける露店の売り子のようだった。 「面倒くさいな、座れればどこでも構わないよ」とレックは、むっとしたように言った。 両横にぴったり寄り添う弟妹の肩を抱きながら、レックはパスポート審査所へ向かった。土臭さを漂わせる14歳の弟は、160センチの姉より頭ひとつ背が高かった。姉を見送るために、前日スーリンの田舎からバスで半日かけてやってきた。レックたちのすぐ後ろを、ダンサー仲間がこれまた肩を寄せあってついて行った。 いよいよパスポート審査所の中へ消えるというとき、何人かのダンサーが目元を赤く腫らしてすすり泣きし始めた。レックの妹は中まで入ろうとして、係員に止められた。 「チョークディー……」 レックは片手をふりあげ、最後は泣き笑いのような顔を見せて行ってしまった。 それから数か月が経った。レックがいなくなった後、Kへはすっかり足が遠のいていたが、その日久しぶりに行ってみた。いつも思うことだが、しばらく訪れないと、ダンサーの顔ぶれはずいぶん変わっていた。それでもオレが空港までいっしょに見送りに行ったことを覚えている女が寄ってきて、レックから写真が送られてきているのよと教えてくれた。そしていったん店の奥へ消えると、写真の束を持って戻ってきた。 地平線の彼方までつづく草原や、そこで草を食む馬や牛を背景に、レックは微笑んでいた。少し肥えたのか、頬がふっくらとしていた。幸せそうとは安易に言えないけれど、満足そうな顔をしているように見えた。どこかの農場らしく、いかにもオーストラリアを感じさせるのどかな風景だった。 中年の白人男に肩を抱かれて写っている写真があった。その男の奥さんらしき女性と3人で写っているのもあった。夫婦の子供らしき4、5歳の少女を交えて和気あいあいと談笑しているカットもあった。すべての写真が広大な農場近辺を背景にしていた。 見ていて、オレはだんだんと妙な気がしてきた。これらのスナップは、いったい何なのだろう。まるで異国でホームステイを楽しむ東洋人女学生と、そのホスト・ファミリーのようではないか。わけがわからなくなって、写真を持ってきた女に問いただした。 「あなた、ほんとうに知らなかったの? これがレックのステイしている家の旦那で、これが奥さんと子供」 と、彼女は一人ひとり指でさし示した後、少しためらうような素振りを見せながら話をつづけた。 「ここの夫婦、ダメだったんだって。子供が生まれてから、旦那がインポテンツみたいになって。そこでレックが助っ人として呼ばれたわけ。刺激剤のようなものよ。3人でいろいろと体位を工夫してやると、うまくいくんだってさ」 「……」 「なに驚いた顔しているのよ。こんなこと別にめずらしいことでもないわ。でもレックはなかなかラッキーな仕事を見つけたよね。相当な謝礼がでるらしいわよ」 オレはなんだか気分が憂鬱になってしまい、その夜は閉店で店内が明るく照らし出されるまで、カウンターで頬杖をついていた。 それからさらに半年近くたったころ、レックがオーストラリアから帰ってきたことをうわさに聞いた。パッポンにも顔を出したらしいけれど、オレは再び彼女の顔を見ることはなかった。なんでも彼女はスーリンへ帰っていったということだった。そこで、年老いた母親や弟妹たちのために、家を新築したと聞いた。街中にタイ料理屋をオープンしたとも聞いた。土地を買って、海老の養殖を始めたという話もあった。すべて、アパートや他の店で人づてに耳にしたうわさだった。レックを見送りにいっしょに空港まで行ったダンサーは、もうひとりもKに残っていなかった。 いずれにせよ、レックは売春から足を洗い、自分の故郷へ戻っていったことは確かなようだった。
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